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June 25, 2005

戦艦三笠

6/21、仕事で東京出張のついでに三笠記念公園に行ってきた。
実は18年ほど前まで東京に9年間住んでいたのだが、横須賀には一度も行った事が無かった。
尊敬する秋山兄弟を生んだ松山人として一度は戦艦三笠を見ておかねばと思っていたのだが、今年は丁度日本海海戦100周年という節目の年。
出張にかこつけてなんとか時間を作って羽田から京急線で直行した。

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三笠記念公園入口より三笠を臨む。綺麗に整備された公園だ。

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チケットを購入していよいよ入場、いやここは乗艦と言おう。

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艦橋部分。露天艦橋の下には30センチの鋼鉄に守られた戦闘艦橋が見える。

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露天艦橋のコンバスと伝声管。ここで東郷平八郎司令長官以下、幕僚達が指揮を執られていたと思うと身が引き締まる。

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甲板にはそれぞれの立ち位置が記されていた。ちなみに秋山参謀は一番左。

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鋼鉄に守られた戦闘艦橋内部。既に書いてある通り東郷長官以下幕僚は戦闘中も危険な露天艦橋で指揮を執り続けた。視界の悪さを嫌ったらしいのだが、やはり卑怯を嫌う武士道の気概があったのだと思う。

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巨大な艦上構造物に圧倒された。だがほとんどは戦後に復元されたものということらしい。

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艦腹の(おそらく)速射砲。

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砲の大きさに比べて引き金は驚くほど小さい、まるで火縄銃のようだ。

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館内に展示されていた東郷長官の軍服。かなり小柄であった事がわかる。

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長官室とバスルーム。戦艦とは言えかなり豪華でまるでホテルのようだ。イギリスの貴族文化なのだろうか。

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のちに東郷長官が揮毫された有名な「Z旗」の司令文。

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張り巡らされた各砲がまるでハリネズミのような壮観。これが白波を蹴立てて海上を走る姿は当時の人々にはさぞ心強かった物だろう。

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ボリューム感溢れる三笠の艦尾。大きな艦名プレートが印象的。

初めて見る明治の戦艦は予想以上に大きかった。
戦争の良し悪しは別として、国の生き残りという一つの目的の為に近代国家としてまだよちよち歩きの日本がいかに全力を結集して作り上げた物なのかがよく理解できた(建造はイギリス)
艦内各所には被弾した記念物はもとより、艦内で戦死した人達のプレートがまさにその場所に埋めこまれていて粛然とする気持ちになった。
今、わが町松山も「坂の上の雲」のまちづくりを行っているが、その記念館に対して戦争賛美とか見当違いな事を論う連中がいる。
当時の国際、国内状況を考え、先人の偉大な教訓として歴史をとらえなければならないのではないだろうか。
先日の秋山兄弟生家訪問と共に考えさせられる日となった。

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