June 05, 2007

東京出張その2

なんだか「がんばって痩せまっしょい」どころか「がんばって食べまっしょい」になってきたな・・
そろそろ軌道修正せんとなあ。

出張の仕事も無事終わり、2日目は久しぶりにフリーとなった。
今日はマスコミも注目の野球の観戦だ。

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神宮球場に来てみるとなにやら騒がしい・・・おっと敵さんのバスだ。

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待ち合わせの友人達と入場すると試合開始2時間前でこの状態だ。意外と普通かな。

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そうこうしてる内に場内が騒然としてきた。グランドに目をやると背番号16番が走っている。
「ハンケツ王子!」、もとい「ハンカチ王子」だっ

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慶應側応援席に来た早稲田應援部の幹部(4年生)。
伝統ある早慶戦もとい「慶早戦」では試合前にお互いの応援席に應援(指導)部が乗り込んで行って敵方の応援歌を歌うというセレモニーがある。

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こちらは早稲田側に行って応援歌を指揮している慶應應援指導部。

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セレモニーの華「塾旗入場」。
スタンド最上段から最下段付近まで塾旗を持って降りてくる。風をはらんだ塾旗は強靭な体力と不屈の闘志を必要とする。
その栄誉をたたえて旗手は名前と出身高校を場内マイクで紹介してくれるのだ。
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前方にはなんと20数年前に私が持った旗も立っている。物持ちがいいなあ・・・

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厳粛なエール交換の後、選手が整列していよいよ試合開始だ。
いつの間にか超満員となった観客席から地鳴りのような歓声が沸き起こった。
残念ながら「ハンカチ君」は今日の先発ではなかった。

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劣勢が伝えられていた慶應だったが鮮やかな集中打であっという間に5点を奪って主導権を握った。
得点に沸く應援席の様子、「若き血」の大合唱だ。

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最後の最後でドタバタしたけど結局7-3の快勝だった。さあ、これから渋谷に出撃だああ。

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これらの画像は「イメージ画像」です(笑)
この日は久しぶりに野球部や應援部の先輩や同期と遅くまで実に楽しい酒を酌み交わした。

ちなみに翌日は・・・ごにょごにょごにょ・・・
マスコミ報道の通りである(´・ω・`)

あーあ、やっぱり今回も「がんばって飲みまっしょい」になってしまったあ。

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東京出張その1

6/1から6/3まで仕事で東京に行ってきた。
帰ってから後で聞くと何人か友人知人も同時に東京に居たようだった。

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羽田に着くや否やとるものもとりあえず「二郎」である。このへんが最近conrans君に似てきてしまったなあ・・
今回は三田の本店のオヤジはご遠慮して後輩が頑張っている目黒店、通称「メグ二郎」にした。

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店主の「ワカちゃん」・・なかなかインパクトのある風貌だが大学の1つ後輩である。
残念ながらチョモランマのように野菜の盛られた「小(しょう)ぶたラーメン」の画像は収める間もなく食べてしまった。

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さて、腹ごしらえができたところでお仕事に出発だ。
まるで外国の公園のようだがここは今最もホットなスポットのひとつ、ミッドタウンの庭園である。
今日の仕事はここから程近い西麻布の会社で打ち合わせだ。

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長時間の打ち合わせの疲れを癒すのは高田馬場のこのお店、
名古屋コーチン専門店のうどの大木だ。
ここには東京在住時の20年ほど前の先代店主の時代からお世話になっている。

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まずは「鳥刺しの盛り合わせ」、見るからに新鮮な色艶だ

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「くび皮」や「つくね」も絶品だが、なんといってもお一人様一本限りの「どうみゃく」が最高だ。

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放送関係の友人と二人で生ビール、酎ハイ、赤ワインとやってきたが、
この「シークワサーサワー」はすっきり爽やかで体に「良さそうな」気がした。
明日が本番なので今日のところはおとなしく宿に帰ることにした・・・

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July 11, 2006

京都研修会

何を思ったのか、いきなり怒涛の更新開始である。
この一ヶ月ほったらかしにしていたらココログが今日から2日間サーバーメンテで更新できなくなるそうで、追い詰められて何かせねばと思った挙句の暴挙である(自分のことね)

さてさて今となっては過去の話、忘却の彼方であるがワールドカップの緒戦、オーストラリア戦当日はなんと業界の研修で京都大原のさらに奥、人里離れた庵(いおり)での本格茶事と相成った。
テレビの電波もはいるかどうかという所で浮世の喧騒から離れて日本文化の真髄を学ぼうということである。

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大原の某所にひっそりと佇む「無心庵」

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随所に由緒正しき歴史の都、京都の侘び寂びの風情が。思わず「ユイショッ」と掛け声かけて立ち上がる私。

本番の「お茶事」は裏千家のVIPでもある業界の先輩が御亭主となって、時には厳粛に、時には和やかに、時には爆笑しながら(なんということだ)進められた。
ひとつひとつの所作や挨拶にも思いやりと意味が込められていることを認識し、日本独特の様式美というものを改めて思い知る時間であった。
しかし本格茶事とは食事をしながらお酒を楽しむ為にあるものとは知らずびっくりしてしまった。

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3時間以上に及ぶお茶事も終わり夜の帳が降りる頃、中庭で夏の鍋が催された。
山菜、茸をメインとした実に美味なる鍋である。

ここでアクシデント。
サッカー観戦の為に用意してもらっていたテレビが、わずか5インチほどのポータブルテレビである事が発覚し一同呆然かつ爆笑。
これでどうやって15名ほどの参加者がサッカーを見れるのだろうか・・・
慌てて有志3名が山を降りてテレビを確保に走った(酒の入る前で本当に良かった)

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結局20インチの液晶テレビを急遽確保して無事オーストラリア戦を観戦と相成ったが結果はご存知の通りである。


一夜明け、翌朝解散した後私ともう一名は京都の街を探索すべくここでレンタサイクルを借りて京都市内を半日ほど走り回った。

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京都御所と借りたミニベロ(小径車のこと)

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路地裏に唐突に現れた本能寺跡の石碑

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ここが日本のお茶の最高峰、裏千家今日庵。昔ここのお茶会に参加して大恥をかいた。

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加茂川沿いを快適なポタリングで下っていく途中の図

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再び街中に戻り、かの先斗町(ぽんとちょう)に行く。ここはとても狭いので「自転車は押してお通りやす」なのだ

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なかなかに京都らしい風情ではなかろうか

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そして最後にたどり着いた「一力茶屋」の立派な玄関。かの大石内蔵助もここでお酒を飲んだという・・

この後京都駅まで戻って自転車を返してバスで伊丹に向かった。
同行者は自転車でのポタリングは初めてという事だったのだが、たいそう気に入って今度は家族で京都に来たいと言っていた。
街の匂いや音やわずかな斜度を感じるには自転車が一番であろうと再認識する一日だった。

しかしまあたったこれだけ投稿するのに小一時間かかってしまった。
ココログのレスポンスの悪さは最悪だなあ。メンテ後は改善されている事を切に望みたい。
残念ながら「怒涛の更新」はここであきらめるしかないようだ。
後は13日のメンテ終了後という事でしばしのお別れ。


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February 10, 2006

猫の時間

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広島に続いて大阪出張となった。
今回は偶然ネットで見つけていたいわゆる「萌え系カフェ」と言うものに行ってみた。
その名も「猫の時間」、確かHPもあったはずなのだが何故か入れなくなっている。
関連のblog等もあるのでgoogle等で検索して見てくらさい。
場所は天満の関西テレビの前のビルの3階。

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これが通称「カンテ~レ」のビル。ご立派!

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全く猫に興味が無い友人と私のスーツ姿の2人が11時のオープンと同時に入店。接客員の皆様方はまだ準備中の模様。入ると同時に猫まみれを期待していた私は肩透かしを食らった気分だ。
ちなみに料金は1時間1000円で1ドリンクだった。

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若手の新人?が起きていたが妖しげなおっさん2人を警戒して近寄ってこない。

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ふっふっふ、こういう時は奥の手「猫じゃらし」で釣るのじゃ。

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あっさりと膝まで誘導。まだまだ子供だな。

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そうこうしているうちに皆様起きてらっしゃった。これはここのボス猫様の御尊影。「メインクーン」という種類だそうでとにかく風格に満ち溢れている。

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御尊顔です。

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こちらも別の「メインクーン」様。うーん美猫ですな。

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まあしかしおやつ(ささみ)を前にすると警戒心も自尊心も無くすっ飛んできた。
猫まみれになって至福の時間を味わうおっさんの図。

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しばしの狂乱の時間の後、また日常に戻る猫様たち。

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冒頭の肉球の主。人間に触られるのが大好きだと言うので思う存分触りまくってやったら・・

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こうなりました。

夢の1時間はあっという間に過ぎ去り(その間友人は店内の無料マッサージ機に座っていた)後ろ髪を引かれる思いで店を出た。
そうそう、ちゃんと猫様の毛を取る為の「ころころ」が常備されているのでご安心を。

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友人いわく日本で一番最初にカツカレーを出した店で昼食を取った。100%野菜が形がなくなるまで煮込まれたカレーはなかなか美味だった。

猫とカレーで大阪出張の楽しみがまた増えてしまった。


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February 09, 2006

リベンジ

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左手首骨折のアクシデント以来更新が滞っていたが、事故後3週目の2/6についにギブスが半分はずれた。
というのは左手上腕部まで固められていたのが肘から下のしかも下半分のみの添え木状態になったのだ。
ということで久々の更新となったが復帰第一号はやはり事故の原因となった「男たちのYAMATO」セットにしよう。
実は2/1に所用で広島に行ったついでに半日ほど尾道に足を伸ばして来たのだ。

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尾道駅前の渡船場からかわいいフェリーで目の前の向島まで渡る。

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前後したが出航後すぐにセットが目に飛び込んできた。リアルなのだが大きさの感覚がつかめない。

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船を下りるとすぐにセットのある造船所だった。入り口からシャトルバスに乗って数分でセットに到着。

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甲板に上がってあまりの巨大さに唖然とした。手前の一番砲塔は土台のみで砲身はCGで合成されたとの事。
また、世界一美しいと形容された日本式艦橋も残念ながらCG合成。

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で、でかい!大和が誇る46センチ主砲塔だ。この46という数字は大和を知った子供の頃から強烈に脳裏に刻み込まれた。

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映画ではかなり残酷なシーンの舞台となった対空砲群。「ハリネズミ」と形容されたが数度の改装で追加された部分だけあって無骨でおどろおどろしい感じがした。

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よくできたセットの裏側はこんな鉄骨とベニアの構造となっていた。

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ぐっと現実に引き戻されたこちらの建物は食堂、売店、艦内セット、資料展示室となっている。
ここでカレーを食べたが普通のカレーとあまり変わらなかった。

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向島から見た尾道市街の様子。数々の映画の舞台となっているので見た事がある人も多いだろう。

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白い部分がセットで再現されているところ。
3分の2のセットでさえ圧倒的な迫力なので当時本物を見た人には正に「鉄(くろがね)の城」に見えた事だろう。

今回は平日の昼間だったが結構な訪問客でにぎわっていた。週末ともなると周辺の道路が大渋滞するほどの混雑との事だった。タクシーの運転手さんによると尾道市内の駐車場に車を置いて船で渡るのが一番との事だった。
また大和記念館もそうだったが、訪問者の年齢層は老若男女様々で「戦艦大和」に対する日本人の特別な感情がよくわかるところである。
よし、もう一回映画を見に行こう!

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June 25, 2005

戦艦三笠

6/21、仕事で東京出張のついでに三笠記念公園に行ってきた。
実は18年ほど前まで東京に9年間住んでいたのだが、横須賀には一度も行った事が無かった。
尊敬する秋山兄弟を生んだ松山人として一度は戦艦三笠を見ておかねばと思っていたのだが、今年は丁度日本海海戦100周年という節目の年。
出張にかこつけてなんとか時間を作って羽田から京急線で直行した。

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三笠記念公園入口より三笠を臨む。綺麗に整備された公園だ。

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チケットを購入していよいよ入場、いやここは乗艦と言おう。

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艦橋部分。露天艦橋の下には30センチの鋼鉄に守られた戦闘艦橋が見える。

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露天艦橋のコンバスと伝声管。ここで東郷平八郎司令長官以下、幕僚達が指揮を執られていたと思うと身が引き締まる。

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甲板にはそれぞれの立ち位置が記されていた。ちなみに秋山参謀は一番左。

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鋼鉄に守られた戦闘艦橋内部。既に書いてある通り東郷長官以下幕僚は戦闘中も危険な露天艦橋で指揮を執り続けた。視界の悪さを嫌ったらしいのだが、やはり卑怯を嫌う武士道の気概があったのだと思う。

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巨大な艦上構造物に圧倒された。だがほとんどは戦後に復元されたものということらしい。

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艦腹の(おそらく)速射砲。

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砲の大きさに比べて引き金は驚くほど小さい、まるで火縄銃のようだ。

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館内に展示されていた東郷長官の軍服。かなり小柄であった事がわかる。

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長官室とバスルーム。戦艦とは言えかなり豪華でまるでホテルのようだ。イギリスの貴族文化なのだろうか。

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のちに東郷長官が揮毫された有名な「Z旗」の司令文。

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張り巡らされた各砲がまるでハリネズミのような壮観。これが白波を蹴立てて海上を走る姿は当時の人々にはさぞ心強かった物だろう。

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ボリューム感溢れる三笠の艦尾。大きな艦名プレートが印象的。

初めて見る明治の戦艦は予想以上に大きかった。
戦争の良し悪しは別として、国の生き残りという一つの目的の為に近代国家としてまだよちよち歩きの日本がいかに全力を結集して作り上げた物なのかがよく理解できた(建造はイギリス)
艦内各所には被弾した記念物はもとより、艦内で戦死した人達のプレートがまさにその場所に埋めこまれていて粛然とする気持ちになった。
今、わが町松山も「坂の上の雲」のまちづくりを行っているが、その記念館に対して戦争賛美とか見当違いな事を論う連中がいる。
当時の国際、国内状況を考え、先人の偉大な教訓として歴史をとらえなければならないのではないだろうか。
先日の秋山兄弟生家訪問と共に考えさせられる日となった。

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June 12, 2005

松江出張

6/7から6/9まで松江に出張していた。
当初車にロードバイクを積んで行って、仕事の後に宍道湖を一周してやろうと目論んでいたが、事前の天気予報が芳しくなかったのであえなく断念、松山から予讃線、瀬戸大橋線を乗り継ぎ、岡山から伯備線で松江に行くことになる。
乗換時間込みで片道約6時間の大旅行だった、ふぅぅぅ。

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岡山から乗った「スーパーやくも」先頭車両はこんなパノラマビューだった。
思わず動画も撮った。

予報に反して松江市内は上天気。正午に到着後時間があったので自転車に優しいことで有名な一畑電鉄の宍道湖温泉駅で自転車を借り周辺をポタリングすることにした。

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今日の相棒「ブルーサンダー号」(笑)
駅のレンタサイクルはどうやら放置自転車のリサイクルらしくママチャリだけだった。
その分料金は200円(500円預けて自転車返還時に300円バック)と激安。

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宍道湖大橋を渡る。結構登るが普段の練習の成果かシッティングですいすい。

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湖畔の公園にあった周辺案内図。
こういうのがあると急に思いついた自分のような旅人には有難い。

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島根といえば出雲蕎麦ということで探し当てた駅近くの蕎麦屋。
入るとお茶の代りに蕎麦湯が出てきて感激。ざる蕎麦も美味かった。

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ご存知松江城。松山城と比べて天守閣も敷地も大きく、自転車の有り難みがよくわかる。

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城内敷地にあった資料館。

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無料だったので入ってみた。小泉八雲の帽子とステッキや旧制松江高校の資料などがあり意外と面白かった。

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お堀を行く屋形船。「水の都・松江」らしく市内の堀川にも観光遊覧船が出ており良い雰囲気だった。

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宍道湖畔の県立美術館にあったオブジェ。館内には入らず湖岸のサイクリングロードから撮影。

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同じく美術館前のサイクリングロードから見た宍道湖底。特産のシジミ貝の殻が無数にあった。

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湖岸のサイクリングロードの一部はこんな感じで石畳になっていた。
ここはママチャリに感謝。もしロードだったら・・・

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宿泊先&仕事先。ここで仕事関係の業界団体の集まりがあった。

3時間ほど市内をうろうろしていたら結構な運動になった。ママチャリとは言え自転車禁断症状を緩和する作用はあるようだ。
しかし自転車に乗るようになって私のライフスタイルも随分変わったものだ。
今後も出張の際はこんな時間を持ちたいと思った。


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June 07, 2005

万博

我々中年にとって「万博」といえばもちろん「EXPO'70・大阪万博」であり、「月の石」「ロボット」「リニアモーターカー」に心躍らせたものだ。
しかし今年は35年ぶりの愛知万博、「愛・地球博」(愛知窮迫?)が開催されていて、先日仕事の関係で見学に行って来た。

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日本館。竹を組んだ繭の中に本体が隠れている。呼び物は360度球体スクリーンで朝一で駆け込んで「たったの」50分待ちで見たのだが、結構迫力があり手すりにつかまってないと酔ってふらついてしまいそうだった。
しかしそれよりも途中の写真展示で駐車場の横に写っている女性がマラソンのQちゃんなのかどうかが気になってしょうがなかった。

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三菱未来館。70年万博を知る者にとっては実に懐かしい名前。こちらは180度の半球(角張っているが)の映像がメイン。日本館よりもサイズが大きかった。一番最初に入ったのだが待った割には上映時間が短くて「へっ?」という感じだった。

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JR東海超伝導リニア館。ここは本物の車体の見学と作動原理をデモする超伝導ラボと走行感を模擬体験する3Dシアターに分かれてそれぞれ別に入場するシステム。前者2つを見たが比較的早く入れた。
超伝導ラボは意外と楽しくてお勧め。

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実際に走るリニアの模型。35年前の日本館で見たものとほとんど変わっていない。いや35年前のほうがデザイン的にはドリームプラン的で格好良かったかも・・

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2大人気パピリオン、トヨタ館と日立館。人が渦巻き片や整理券配布終了で終日入場不能、片や開場10分後に待ち時間360分となっており、フリーの客を寄せ付けないものものしさに溢れていた。

しかしまあ35年経ってインターネット予約だなんだといっても映像による展示や何時間も行列させるシステムは何も進歩していないんだなあというのが率直な感想。真夏には死人が出てもおかしくないというのがみんなの共通した意見だった。
我々中年にとってはやっぱり万博といえば「太陽の塔」「月の石」であり、「お祭り広場」の「DEME君」と「DEKU君」(この辺はちょっとマニアックか)なのである。

このツアーの最後にトラブル発生。中部国際空港に到着すると松山行きの最終便が欠航になっていた。
聞くと松山空港での機体トラブルで2便前から欠航になっていたという。
時間があったにもかかわらず旅行エージェントにも事前連絡が入らずまったく無駄な時間を過ごしてしまった。
また、全面的に航空会社(ANA)の責任にもかかわらず返金のみで空港で放り出されてしまうことに。
まともな客商売なら最低限責任者が出てきて説明とお詫び、並びに代替交通の手配くらいはするのではないだろうか。
最終便だけに本当に困ってしまったが結局自己手配で、空港→名古屋駅→新幹線→新大阪→タクシー→伊丹空港→松山という経路で予定より3時間遅れで帰ってきた(粘りに粘って食事代一人1000円は出させたが、かかった交通費は当然のように自腹)
聞けば名古屋松山便はしょっちゅう欠航になっているという。
こんなまともな運行ができないような便を飛ばしている航空会社はどんな整備体制なのだろう。
最近JRとともにJALが叩かれているがANAもビジネス団体旅行には全く適さない航空会社だ。
この便には2度と乗らないぞ。

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